※Pinterest、ヤフオクから画像をお借り致しました。
大物女性俳優の五十嵐淳子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
五十嵐淳子さんは、若手時代にポーラ(当時ポーラ化粧品)のミューズを務めていました。
当時ポーラは原則訪問販売or代理店販売であり、年配の方、主婦、マダムのイメージが強かったブランドであり、ラインナップは、メインでは、現在のB.Aスキンケアシリーズの前身であるエバンジル、漢方思想の高級スキンケアシリーズのポリシマ、国産化粧品初バイオヒアルロン酸配合のスペシャルケア専門ブランドのペルボナ、バイオテクノロジーを駆使した高機能スペシャルケア専門ブランドの初代B.A、ブライトニング(当時美白、ホワイトニング)のラインであり、現在のホワイトショットのルーツになったルミエラ、ベースメイク、ポイントメイクのラインであり、現在のディエムクルール、ミュゼル&ミュゼルノクタールのルーツになったミルティラ、低価格帯のスキンケアシリーズのルネートなどがラインナップされていました。
昭和末期から平成初期にかけて、訪問販売の売り方に疑問を持つ方も増え、知らない人を家に上げる事を嫌う方も増え防犯上の理由や、クーリングオフの説明が無いといった事例や、半ば強引に押し売りしてメーカー側にクレームが相次いだ事もあり、訪問販売の売り方を極力やめにして代理店販売に切り替えたり、各メーカーでサロンを設けてカウンセリングや体験エステで納得したうえでの購入に切り替え、平成末期から令和にかけてはインターネットの普及もあり公式オンラインショップを通しての販売に切り替わっています。
その中でもポーラは訪問販売化粧品初のデパートへ進出を図り、現在はデパコスへと格上げされております。
昭和末期にはポーラは訪問販売の頃は固定客が着いていましたが、年配向け、主婦、マダムのイメージが強かった事もあり当時の現代女性のめのスキンケアシリーズであり、現在のアリューのルーツとなったエスティナをリリース。
ポーラ化粧品がメジャーになったきっかけになったブランドでありましたが、一部の方にはエスティナは高くて続けられない、しっとりし過ぎて夏場は重いといった意見もあり、若年層にもポーラを浸透させていきたいとの声もあり誕生したのがDAY &DAY。
ミューズは五十嵐淳子さんを起用。当時は斬新なスクラブ洗顔、当時主流だった剥がすタイプのパックなピールオフパックでしたが、業界初の洗い流すパックのポンプ入りの泡でマッサージしながら数分置いて流すクリーミーパックが発売され、ピールオフパックは皮膚が薄くて肌に合わないけどのトラブルが多かった事によりクレイマスクやシートマスクに取って変わられました。
昭和の女性たちは専業主婦が主流でありましたが、バブル期も相まって男女雇用機会均等法により女性の社会進出が顕著となり正社員、パート、アルバイト、公務員などといった働く女性が増えた事により忙しい朝や疲れて帰ってきた夜は充分なスキンケアが出来ないうえストレスにより肌トラブルも多発傾向になった事でいかに時短で綺麗に効果的なスキンケアが欲しいといった要望に応えて登場したのがディニュー。
スキンケアとメイクアップ、ボディケア、フレグランスとフルラインナップで登場。
特に、写真を撮るとファンデーションが白浮する事故が多発傾向であった事により写真写りを良くして白浮きを防ぐファンデーションでハイビジョンファンデーションが人気であり、写真撮影する用事がある時の必須アイテムとなり、スキンケアは時短アイテムで現在のオールインワンの走りでもありました。昭和末期から平成初期のポーラのラインナップは、ディニュー→エスティナ→ルミエラトランスヴィ→DAY &DAYが主力となりメイクアップはミルティラメサージュに変更。
ディニューは当時の現代女性のニーズに合わせたシリーズでありました。
他には、化粧品がどれ使っても合わない、納得のいくスキンケアとベースメイクが欲しい、どれ使ったら良いかわからないとの要望に応えて登場したのが業界初オーダーメイドスキンケアの現在のアペックスの前身である初代アペックスアイが登場。
アペックスアイは代理店販売限定として厳格なスキンチェックを行い、データをポーラの研究所へ送りサンプルで試して納得したうえでの購入であり、ある意味特殊なブランドでありましたが、アペックスに変更されてからはAIを駆使して研究所にデータを送信してその場で試して納得したうえでの購入に変更。但し、代理店orポーラザビューティー限定はアペックスアイ時代と同じであります。
DAY &DAYはティーンズや大人のニキビの悩みに特化した姉妹品のDAY &DAYアクネも発売され、DAY &DAYはプラッサにパワーアップされてミューズは五十嵐淳子さんが続投されました。その後DAY &DAYはビタックスとなり終了。後継はモイスティシモになりました。
エスティナは長らく続き、ミルティラメサージュのベースメイクが廃止されエスティナにもベースメイクが誕生。ポイントメイクはアニャックに。
ディニューはB.Aスキンケアがスペシャルケア専門ブランドから本格的スキンケアブランドとなった事で取って変わられるように終了。
エスティナはアルヴィータとなり終了。後継はアリュー。アニャックはミュゼルノクタール、エスティナベースメイクはオーガとなりましたが、令和になりオーガは終了してディエムクルールに。
B.Aは黒は高過ぎるうえテクスチャーが重いとの声もあり値段を手頃にして初期のエイジングケアに特化したREDも登場。ルミエラトランスヴィはルミエラホワイティシモとなりホワイティシモへ。ホワイティシモホワイトショットはホワイトショットへ独立。
高級クリームのクレアテージは令和になりVリゾネイティクに進化してさらに進化を遂げたのはポーラ初の13万円のクリームのグランラグゼO。
肌環境を整える浄化スキンケアのDシリーズ、更には宇宙ステーションの開発により誕生したコスモロジーといったものまでラインナップ。
ポーラのミューズは五十嵐淳子さんのほか当時サディスティックミカバンドのヴォーカルを務めた当時モデルで女優の桐島かれん、現在はデザイナー中心に活動している元モデルでタレントの神田うの、米倉涼子、夏木マリ、安藤サクラといったミューズも多数輩出しています。
現在はポーラオルビスグループになり、通販化粧品限定のディセンシア、通販コスメから量販向けコスメに格上げしたオルビス、今はなきオルラーヌ、アンプリチュード、デパコスのスリー、ジュリークといったブランドやアメニティ限定品もリリース。リンクルショットメディカセラム、B.Aは不動の人気であります。
しばらくお目にかからないかと思いきや今年に入り突然の訃報。
ポーラに歴史を残した大物女性俳優であり、モデルで女優の中村里砂さんのお母様で知られていた方でありました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
#ポーラ#訪問販売#デパコス
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